胆道系疾患に対して右上腹部圧痛は診断に有用であり、また胆嚢胆石症や胆嚢炎に対してMurphy徴候が有用であることは過去に報告されていますが、総胆管結石症や閉塞性化膿性胆管炎ではMurphy徴候の有用性は低いと考えられます。胆道系疾患では肝叩打痛が生じることも知られていますが、肝叩打痛に関する論文はPubMed/医学中央雑誌等で検索する限り過去にありません。
そこで我々は肝胆道系疾患に対する肝叩打痛の診断特性を調べました。
論文はフリーで見れるので詳細は割愛します。興味ある方は論文をご覧ください。
Murphy徴候を確認するためには、患者を仰臥位とし、左手指先を患者の正中に向け、母指が最下位の肋骨の上にくるように前胸部最下部に置きます。母指を患者の腹部を押し込むように外転・回旋した状態で深く息を吸わせる。疼痛のために深吸気が妨げられれば陽性と定義しました。
肝叩打痛は右下位肋骨上に左手掌を当て、その上から右拳にて叩打し誘発しました。肝叩打痛は左右差がある場合に陽性と定義しました。
エントリーされたのは肝胆道系疾患が疑われた平均年齢70歳の合計408例です。最終診断は肝胆道感染が40例、それ以外の肝胆道疾患(薬剤性肝障害など)が65例、それ以外の疾患(肺炎や尿路感染症など)が303例でした。
肝胆道感染に対して右上腹部圧痛、Murphy徴候は感度30-33%でしたが、肝叩打痛(Indirect fist percussion of liver)は60%と比較的高い感度を誇りました。 一方、もともと左右臓器が異なるわけですから肝叩打痛は偽陽性が若干多く、特異度は右上腹部圧痛やMurphy徴候の91-93%と比較してやや低い85%でした。しかし肝胆道系疾患を見落とさないための診察手技ですから感度が高い肝叩打痛の有用性が証明されたと考えています。 さらに80歳以上では右上腹部圧痛、Murphy徴候の感度が20-23%と低くなるのに対して、肝叩打痛の感度は57%と高いままで特に有用性が高いと考えられました。
これは認知障害や意識障害があると評価が困難なMurphy徴候と異なり、肝叩打痛では顔をしかめさえすれば陽性と判断できるためと思われます。 薬剤性肝障害においても肝叩打痛は20%程度で陽性となります。おそらく被膜伸展痛を反映しているのでしょう。
肝叩打痛にMurphy徴候を加えても肝胆道感染や肝胆道疾患の可能性を変えることはありませんでしたので、肝胆道系疾患のスクリーニング診察としてMurphy徴候より簡便で高感度、信頼性の高い肝叩打痛を試すのがよいと考えています。
私の研究理念として臨床の疑問に基づくこと、患者に不利益を決して与えないこと、そして臨床診療を邪魔しないことがあり、研究デザインに縛りがあります。今回も症例数が少ないことをReviewerから指摘はされましたが、逆に小規模病院で症例数が少なく研究デザインが限られてもアイデアが良ければ論文にすることができるものだな、とも感じています。また今回は(も?)マイナーな投稿先を選択したと思いますが、幅広い人に見てもらいたいため、英文、PubMed収載、そしてフリーアクセスできることにこだわりました。誰か興味をもった人が大規模で質の高い追試験をしてくれれば良いなと思います。
最後になりましたが、小嶌先生、吉川先生、米本先生、西口先生以外にも、本論文の謝辞名前を入れることができませんでしたが正確な診察・カルテ記載に協力してくれた桂井先生、前田先生、永野先生、森川先生、吉田先生、尾方先生、南先生、小森先生、上田先生、喜多先生、ご協力有難うございました。