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子供目線を忘れずに、研修医教育について考える

今年のGWは子供をどこにも連れて行って挙げられなかったので、本日は子供三人を祭りに連れて行きました。京都は祭りが多いので、そういった意味では助かります。妻が不在のため眼が3つなかったため、案の定、上の子が迷子となりましたが携帯電話を持たせておいてよかった。

さて、お祭りでは、安っぽい展示方法ながら(失礼)、子供目線で楽しいものが展示してあります。そのため、大人から見ると。え?こんなものが欲しいの? というものを子供が無性に欲しがります。

この目線の違いの大切さに、ふと思いを馳せました。 自分自身の子供の時の目線は、大人になる過程でどこかに置き忘れてしまったのですが、子供ができてから気づかされることが最近増えています。

有名なところでは、目線の違いを利用して、被虐待児童に救いの手を差し伸べる、“子供にしかメッセージが見えない”看板広告が2013年のスペインのキャンペーンで使用され、「もし君も誰かに傷つけられているなら、私たちが助けになるので、116 111まで電話してください」というメッセージを子供にだけ届けました。

(実はこの技術自体はGOOD DESIGN EXPO 2009でも紹介されていたので日本人の開発かも知れません)

 私が子育てから学んだのは子供の目線に合わせて考えてあげる事の大切さです。

「部屋が汚いから片付けなさい」と怒鳴っても部屋はきれいになりません。 でも自分たちで考えさせ、自分たちで決めさせたルールで指切りげんまんすると、幼稚園児でも頑張って約束を守りお片づけをします。 親のルールの押しつけは子供の嘘とごまかしを増やすだけです

 今回も「あれも欲しい、これも欲しい」と言っていた私の小学校中学年・低学年、そして年長さんの子供達に、「屋台の中から何でも好きなものをして良いが、ゴハンとなるもの以外(かき氷や遊ぶもの)は一つだけしかダメです」という課題を与えました。 子供たちはすべての屋台を見てから、食べたい物、3人でシェアできるもの、くじ運が必要なものはリスクが高いこと、などをいろいろ考えた上で、全員が満足するものを選び出しました。 相談された場合には「金魚すくいはすくうのは楽しいが、お家では飼えないので限りしか遊べない。スーパーボールすくいなら、終わったあとに5つもらって帰れるから一人がやるだけで後から皆であそべる」などの助言を与えました。 時間は掛かりましたが、自分たちで考え、最も良いものを得ることができたことは大変良かったと思っています。

 さて、育児から学生・研修医教育に話を移します。 私自身は学生の時、5年生の最後の外病院実習で素晴らしい教育を受けるまで、臨床医学に関しては残念ながら大学で学んだことは非常に微々たるものしかありませんでした。  一方、研修は市中病院でしたが1年上の先輩がすべてを教えてくれる恵まれた環境でした。本当の臨床教育は、同じ目線で診療を行う臨床の場でしか学べないと感じました。 当院でも屋根瓦方式が根付いており心強い限りです。

 しかし、成人として様々な経験をしている研修医に一方的に「指導」するのは逆効果です。自分よりも最新の論文に目を通しているかも知れませんし、専門分野外の知識は長けているかも知れません。後だしジャンケンで偉そうな講釈を垂れるのではなく、研修医が困ったときには最前線で一緒に戦う姿勢が理想的な教育なんだと思いました。 お祭りで言うならば、”一つの屋台を頭ごなしにけなすのではなく、もっとも良い屋台を一緒に探してあげる”のが教育です。

まだまだ私も修行が足りないようです。

 少なくても研修医からこんな風に見られたらおしまいですよね。

 初心忘れず、学びを続ける「万年研修医」であるために、明日からまた頑張ろっと。

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