総合診療専門医シリーズの最終巻(第5巻)となるそうです。
病院に勤務する総合診療医が,病院内,地域内など大小様々な組織内でうまく働くためのノウハウが詰まった1冊となっています。もちろん総合診療専門医取得を目指している病院研修中の専攻医にも役立つ内容です。
私が担当したのは以下の部分です。 症例別による7つのCase
Case 2 入院中,整形外科から相談:圧迫骨折→尿路感染症
2-1 高齢者を診るうえでの最低限の診断
一般論を抜粋し太字で示します。
「入院中,整形外科から相談:圧迫骨折→尿路感染症」というキーワードで総合診療科医が一般的に考えるであろうことも青地で併記しますが、本文からの抜粋なので文脈が分かりにくい部分があると思いますが、ご容赦ください。
「高齢者を診るうえで最低限の診断」とは以下の2点を満たす事
非侵襲的な方法でスクリーニングが可能であること
診断により患者のQOL改善が見込めること
最低限の診断を的確に行うためには、過去の情報(既往歴、服薬歴、嗜好歴、慢性症状、ADL)と新たな問題点(脊椎圧迫骨折、尿路感染症)を全人的・網羅的に捉え、一つの物語として組立て直す想像力が不可欠
本症例は圧迫骨折で入院をしている。このような場合、圧迫骨折の原因は何であるかが大切である。多くの場合「転倒」の病歴が聴取されると思われるが、その転倒の原因が起立性低血圧や不整脈による失神かも知れないし、失調があるのかも知れない。病的な易転倒性については自分の眼で歩容を確認するのが一番確実であるが、圧迫骨折のため歩行が困難であれば、それ以外の身体診察(錐体路徴候、錐体外路徴候、深部感覚障害、小脳失調、起立性低血圧など)や病歴を確認すべきである。例えば、半年前まで自転車に乗っていた高齢者がふらつきのために杖歩行になっていれば小脳梗塞やビタミンB12欠乏症など失調を来す疾患を想起することは難しくない。
入院前ADLの確認は疾患スクリーニングにもなる(歩行に問題がないと自覚していても、10メートルの歩行で息が上がるために重症COPDが判明し、治療することでADLが改善することもある)
入院後のADLが低下していたならば尿閉を併発している可能性が高くなる。尿閉を解除することが尿路感染の治癒を確実なものにし、再発予防に役立つかも知れない。もし尿道留置カテーテルがすでに留置されていたならば、感染再発や不隠の原因となるため、可能な限り早期に抜去を試みるべきである。
認知機能が急速に低下していれば原因検索は必須
うつは放置してはならない重篤な疾患である(高齢者にスクリーニングすると生命予後改善する可能性)
処方調節検討は必須である
転倒歴があり、ベンゾジアセピンや抗てんかん薬、鎮痛剤(トラマドールやプレガバリン)、抗ヒスタミン薬など転倒リスクを増大させる薬剤を服用していれば薬剤調節を行うべきである。起立性低血圧が疑われるならば利尿剤や血管拡張作用のある降圧薬の中止が必要となるかも知れない。他にもふらつきを来すミノサイクリン、QT延長を来す薬剤、低K血症を来す薬剤、筋障害を来すスタチンなど様々な薬剤が状況に応じて中止・減量の検討がされるべきである。 抗コリン作用のある薬剤があれば尿閉、尿路感染のリスクとなっている可能性も考える。 またステロイドや抗アンドロゲン剤の服薬があれば続発性骨粗鬆症を疑わなければならない。
高齢者であっても嗜好歴の確認は重要(80歳以上でも禁煙の恩恵はある)
大量飲酒者であれば飲酒が関連した転倒の可能性があります。また骨粗鬆症の要因に喫煙や大量飲酒があります。
高血圧、脈の不整、口腔内、視力、聴力の評価は特に確認すべき身体所見であるが、亀背から疑う骨粗鬆症、大動脈弁狭窄症の心雑音、特に喫煙歴のある高齢男性の腹部大動脈瘤の触知にも注意を払う。
転倒した理由として起立性低血圧、筋力低下、失調、パーキンソニズムがないか確認したい。急性疾患に罹患したことで転倒した可能性もあり、脱水所見(口腔内や腋窩の乾燥)や感染症候(発熱や脊椎肋骨角叩打痛など)も確認する必要がある。本症例では尿路感染症としてコンサルトされているが、入院時から尿路感染症を合併していたのか、その後の合併症として尿路感染症が起こったのか推測する必要がある。圧迫骨折発症時にすでに炎症所見があったならば化膿性脊椎炎の可能性についても検討せねばならない。
脊椎破裂骨折の合併症としては脊髄症があり下肢の運動感覚障害や膀胱直腸障害もチェックすべきである。他の合併損傷の評価のため、受傷機転の確認と全身の診察も忘れてはならない。特に頭部打撲を伴っている場合は、遅発性に慢性硬膜下血腫が起こる可能性も念頭に入れておく。
普段から腱反射弛緩相の評価には慣れておくべき
検査について:栄養性貧血は治療可能なので見落とさない。一方、鉄欠乏なき鉄補充は有害無益。
転倒した原因として失神の可能性があるならば、心電図でQT延長や虚血性変化がないか確認しておきたい。また肺塞栓症や大動脈解離を疑う所見がないかにも注意したい。転倒した理由が筋力低下ならば低K血症や高CPK血症がないか、脱水や感染症を示唆する所見がないかも確認しておきたい。
高齢女性+骨折の既往のある男性には骨密度測定
骨折の理由として悪性腫瘍による骨病変がないか画像を見直す必要もある。TP/ALB比の異常、貧血、高Ca血症、腎障害があれば多発性骨髄腫を想起せねばならない。また、ALPが単独で上昇していれば続発性骨粗鬆症の原因として甲状腺機能亢進症、高Ca血症があれば副甲状腺機能亢進症や悪性腫瘍を疑う根拠となる。
必要なのは数多くの検査でもなければ数多くの薬剤でもありません。本人のQOLやADLに配慮しながら全人的・網羅的に患者像を捉えることで必要最低限の検査と治療を行う事が肝要であることを解説しました。