薬剤師対象のポリファーマシー講演会を東京で行ってきました。
医薬分業は対立ではなく共栄が目的です。日本の薬剤師数は医師数とほぼ同数で、先進国と比較して多い。彼らの活躍の場を広げることが、医師を助け、医療を適正な方向へ導くことを期待して参加してきました。
ポスター発表では、健康運動、栄養指導などを薬局が中心となっておこなっていく試みは勉強になりました。また処方箋に検査項目を打ち出す事で、副作用チェックに役立てる方法は洛和会でも取り組んでも良いと思いました。おそらく洛和会では医師の質が担保されているため大丈夫とは思いますが、念のため。
さて、私の講演で質問頂いた事項への回答です。
沢山ありますので、一部誤字脱字や脱線した話もあると思いますが、ご容赦ください。
Q:精神科のポリファーマシー対策はどのように行えば良いのでしょうか? A:非常に難しいですね。 精神科の処方では薬剤処方が精神療法に優先されがちです。 例えば、うつに抗うつ薬と認知行動療法が同等効果と報告されても薬剤を処方する医師が多いのは確かであると思います。それは高い技術が必要で、かつ手間のかかる認知行動療法よりも薬剤処方のほうが楽だからです。臨床心理士などの制度が新しく改訂され今後は改善していくかも知れませんが、薬剤副作用や認知行動療法ならば長期的に自分で対応できるようになる可能性があることなど、より広い視点で認知行動療法を医療制度の上で評価・反映させることが望まれます。 もう一点は精神疾患ではモノアミン仮説の典型例のように薬剤が著効する例もありますが、全く無効な例もあることです。4種類、5種類と薬剤が増える場合の理由は「効果がないから追加」です。効果がない場合に他剤追加のエビデンスはあるかというとほとんどありません。もちろん増量や併用で効果が期待できる場面は多くあるのですが、「効果がないから追加」ばかりでは、もはやどの薬剤が何のために入っているか分からない状態になってしまいます。「効果がないなら中止もしくは変更」という思考過程を意識しないといけないと思います。 精神科領域の多剤併用は経験則によるところが大きく、私を含め非専門医にとっては立ち入りにくい領域となっています。 Q:門前外処方の減薬提案が本当に難しいと感じております。根拠と患者の不利益にならない事が前提ですが、やはり数十種類となるとアドヒアランスが良いと逆に危ないと感じます。何か良い方法はございますでしょうか? Q:上田先生の御講演、大変共感致しました。とはいっても開業医の門前薬局である以上、中々実践するのにはハードルが高いとジレンマを感じています。上田先生のようなお考えの先生が増えて来るのにはある程度期間を要するとは思います。 A:門前薬局も門前外薬局も苦労されておられることがよく分かります。本当に難しい事であると実感しています。医師だけの取り組みでも薬剤師だけの取り組みでも上手くいきません。我々が一緒になって社会全体の認識を変えていく必要があると思っています。
京都では京都府医師会に講演会を企画して頂き、ポリファーマシー対策に取り組んでいます。私個人は今迄に5-6回ほどポリファーマシー対策講演に各地で呼んで頂いています。もちろん私以外にも多くの医師がポリファーマシー対策に尽力されています。医学雑誌にも特集が度々掲載されています。そういった事から考えるとおそらく若手医師の大半はポリファーマシーに対しての理解があるものと思います。 眼につくのはポリファーマシーに興味のない先生の御処方であるとは思いますが、まずは理解のある医師を味方につけることがやりやすいように思います。ポリファーマシーに理解があると言っても、外来診察中に疑義照会の電話を嬉しく思うかというと、それはやはり難しいところが正直あります。そこで例えば門前薬局ならば病院との連携強化の一環として、医師に30分以下でよいのでポリファーマシー対策講演をお願いするというのもありだと思います。病院側は若手でそれなりに興味のある人をピックアップしてくれるでしょう。 個々の症例としては医師も人間ですから言い方は大切です。「ふらつきあるのでベンゾジアセピンやめて頂きたい」ではなく、「先生の御処方のお陰でよく眠られたそうで患者さんは感謝しておられました。ところで、現在はふらつきが増えたことのほうが気になるそうですが、そのことを言い忘れていたそうです。半量に減薬させて頂いて宜しいでしょうか?」といった具合です。 最終的にポリファーマシーに興味のない先生方を振り向かせるのは、患者さんの要望と思います。医師は患者さんに何かしてあげたいのです。できることは検査か処方しかないと無力感を感じている医師にとって、毎月の処方は役立っていると実感できる行動なのです。「すぐに処方する医師」が良い医師ではなく、「必要な処方しかしない/不要な処方はしない医師」が良い医師であるという社会の認識が広まれば、ポリファーマシーに興味のなかった医師の処方は変わるのではないかと思います。 Q:「前医の処方なので、そのままで」と、アダラートCRの分3に対しても、処方を触らないケースがあります。 効果とアドヒアランスを考えて、修正すべきだと思います。 A:その通りですね。私が処方医ならば患者/前医に理由を聞きます(例えば不規則な生活で不定期に飲み忘れが起こる場合であえて分3処方をしたなど)。問い合わせが不可能な場合は薬理学的に考えて患者に改善策を提案します。 この場合問題なのはアドヒアランスと思いますが、薬剤師が医師に提案する上では患者の希望がより大切と思います。薬理学的な提案より「昼間の服用をやめて朝夕2回にしたいそうなので、変更させてもらっていいですか?」という患者希望による提案のほうが受け入れやすいように思うからです。
スタチン、カマグ+キノロン、チラーヂンSなどの服用タイミングも薬理学的観点が前提ですが、それを踏まえた上で「確かに夕方の服薬錠数が多いのですが、患者さんは夕方にまとめて飲むほうが良いとおっしゃっているので、他の薬剤と統一して(効果もより期待できる)夕方処方に一括してよろしいでしょうか?」と患者希望を前面にしたほうが良いように思います。そうしないとストロングスタチンのデータでは朝飲んでも同程度TCを下げる、、、など本筋ではない言い争いになってしまうかも知れませんので。 Q:高齢者で、どうしても睡眠薬を中止したくない場合はどうすれば良いでしょうか? A:薬剤はすべてリスク・ビネフィットが大切です。「どうしても必要」ならば投与します。しかしその場合には服用量、服用タイミング、環境の整備(夜間~早朝トイレに起きた時に転倒しないように)などで有害事象が起きないような配慮を致します。 Q:薬剤師も知らないことがたくさんあり貴重な講演ありがとうございました。 AMR対策の勉強会を先日参加した時にピボキシル含有セフェム系経口抗菌薬が血中濃度低く効かないと聞きました、こういった情報は医師にはメーカーなど情報提供などあるものなんでしょうか?ポリファーマーにも繋がるのでと思いまして、よろしくお願い致します。 A:経口セフェムはBioavailabilityが低いため海外ではほとんど使われていません。このことは感染症に興味のある医師は知っていますが、それは彼らはSanford感染症ガイドという洋書(あるいはその訳本)を用いて薬剤調節することが多いからです。
さて、薬剤の望ましくない一面についてですが、ご懸念頂いている通り、残念ながらわざわざそういった説明はメーカー側はしないようには思います。 最近でもインフルエンザの新薬で耐性菌というニュースを見ると、発売前から分かっていた問題がなぜニュースになるのか疑問しか湧きません。 ただしMRさんの中にも売り込むという目先の利益ではなく、適正使用し社会に貢献するという大きな目標をもって働かれている方々は多くみえます。 私の周囲というかなり限られた状況ではありますが、このように医療全体を考えるMRさんが活躍されているのは最近になってからです。営利団体である製薬会社にどこまで求めることができるかは分かりませんが、患者さんの笑顔という大きな目標に向かって医療従事者が同じ方向を向けることを望んでいます。 Q:セフェム等のDU薬はもちろんの事、中にはペネムを頻繁に処方されるDrがいらっしゃいます。どう提案すれば上手く行くでしょうか? A:上記の質問と近い部分がございますね。 Daitai Unkoになる薬でも日本では広く使われた経緯があるのは間違いなく製薬会社の売り込みによるものでしょう。 過去には製薬会社の過剰な接待で医師の処方が決められていたかのような話がありますが、昔は情報網がそれ以外になかったことが大きかったのではないでしょうか? 必要な論文を取り寄せることは開業医には不可能でした。 ただし、現在は情報はインターネットで簡単に手に入ります。 現在、このような処方を行うのは以下の2タイプでしょうか。 1. 偏った情報に流されやすい 2. 昔からの処方なので、もはやあまり考えて処方していない いずれも手ごわいですが、正しい情報を提供することを心がけるしかないですね。 直接指摘するのはなかなかハードルが高いと思いますので、地域の抗菌薬適正使用の勉強会の案内を「お得意様」宛に転送することなどでしょうか・・。 Q:薬剤師のトレーシングレポートに対して医師はどの程度真剣に参考にしていただけている印象でしょうか? A:直接自分の眼で確認することになるでしょうし、ちゃんと参考にしているとは思います。 Q:薬剤師から医師に話す際の魔法の言葉としてはどのようなものがありますでしようか? A:医師のプライド、薬剤師の役割の認識不足などが両者の溝を作ってしまうことがあります。魔法の言葉とは言えませんが、いくつか思うことを書かせて頂きます。
まず、薬剤師からの指摘を「単なる確認」や「お小言」ではなく、「重要な情報」であるという認識に変えていく必要があります。医師にとっては「患者さんが言い忘れていた」という言葉は軽視できないと思います。患者から医者には言えなかったことも「診察室でお伝え忘れていたそうで、、、」と少し言い換えればマイルドに伝えることができます。
一方、分かり切ったことを何度も問い合わせるのはよくないと思います。薬剤師からの情報を軽視する要因となるからです。医療機関と個別契約である程度包括した承認ができるようにするのは有効です。お小言をいう姑と捉えられては勿体ない話です。
電話のといあわせ時には医師は疲弊しているものと考えて対応するのが無難です。実際24時間を超えて勤務で不眠不休にも関わらず多忙な外来をこなすことを余儀なくされている医師は多数おります。
最後に医師と薬剤師は病気と共闘関係にあり、対立関係では決してありません。ある一定の期間で疑義照会やトレーシングレポートの内容を整理し、どれほど患者さんの診療に役立てたかを示し、その上で何かほかに改善できる点がないかを医師側に質問するのは良い方法と思います。おそらく医師は薬局に対する個別指導の恐ろしさなどはほとんど知りませんし、お互いに理解を深めるきっかけとなるかも知れません。 Q:薬の効果とリスクの比較が提示されていて分かりやすかったのですが、その効果やリスクの明確な数字の調べ方が分からず止まってしまっている状態です。調べ方を知りたいです。ちなみにクスリのリスクという本にはそういったことも書かれているのでしょうか。 A:「クスリのリスク」には今回の認知症に対する薬剤と同じように、様々な薬剤の副作用についてをまとめていますが、調べ方までは書いておりません。書籍執筆には500本以上の論文を読みましたが、副作用を系統的に調べることは意外に大変な作業ではあります。
しかし、目の前の疑問に関して調べるだけであれば、PubMedという医学論文検索サイトを用いればいくつもの論文を簡単にみつけることはできると思います。インタビューホームで情報が不十分ならば一度検索を試されてはどうでしょうか? Q:薬局薬剤師がDST、AST等活動できれば良いと思いますが、Drはそれをどれくらい望んでおりますか? A:抗菌薬適正使用支援チーム(AST)、認知症サポートチーム(DST)は多くの医療施設で薬剤師が関与すべきと思います。もちろん該当する分野の知識が豊富な医師ならば薬剤師を不要と思う方もおられるでしょうが、客観的なデータを集計・解析するのが苦手だったり、書類仕事が不得意であるなど何かしらの弱点?をお持ちなことが多いと思います。薬剤師は専門的知識を有しながら、人員が医師と同数という強みを持つ職業です。まずはその医師が苦手とする部分をカバーして医師を助けることから始めれば、多くの医療施設で受け入れは良好となるのではないでしょうか。もちろん、良好な関係が築ければ、いかに薬剤師が必要な存在であるかが皆さんに理解して頂けると思います。 Q:眠剤減らしたいけど、どう医師に提案したらいいかわからない。患者希望も強い事が多いし。 A:患者さんからの希望があるならば、その旨をしっかりと伝えるべきと思います。患者さんから医師には言いにくい人はおられるので、紙に書いて受付で渡してもらう手もあります(本来はこんなことは不要であって欲しいのですが・・)。多くの医師は患者希望ならば対応してくれます。もし医師が患者希望も知っているのに眠剤を減量しないというのは私には想像のつかない状況ですので、かなり特別な理由があるのか、通院先を変更すべきサインとしか言えないですね。 Q:Zドラッグ対策に困っています。 A:そうですね。非ベンゾジアセピン系薬剤は安全性をウリにしていた薬剤ですが、ベンゾジアセピンと同様に傾眠、判断力低下、転倒、骨折などの副作用のエビデンスが揃っています。もはや安全とは決して言えないという認識が広がっていると思いますが、薬価を考えてもこれほど処方数が多いことは私から見ても驚きです。正しい睡眠の知識と認知行動療法を広めていくことで適切な使用になることを期待しています。
なお、不眠時はプラセボが第1選択という病院があります。乳糖をや無害な”胃薬”を処方していることが多いようですが、高い薬ほどプラセボ効果があるという報告もあり、プラセプラスを処方するのもありかも知れません。
Q:クリニックの先生から、減薬について実際にクレームを受けられたことはありましたか? A:残念ながら少なからずクレームを頂きます。医学的根拠のみならず様々な想いがあり処方は成り立っています。そのような理由がある場合には”通りすがり”の病院勤務医が今までの流れを無視して減薬することが正しいとは思いません。一方で入院中の減薬を喜ばれることも多いです。クリニックの立場としては検査が十分にできない中で、病院が処方した薬剤を中止することで何かおこることを心配する声も多いのです。 クリニックと病院の間で適切な情報共有こそが必要であると考えています。 我々は地域のクリニックの先生方に 1.病院にお任せする 2.変更時は逐一連絡を欲しい 3.変更は原則としてしないで欲しい の3択を指示頂ければ、可能な限り対応させて頂くことを周知しています。 なんでもかんでも「減薬」が正しいのではなく、不要な薬剤、有害な可能性のなる薬剤を中止しようと思っているだけであるという想いが伝わると、協力頂けることが多いと感じています。 もう一つは急性疾患罹患時の特殊性を理解することの重要性です。入院時は元気がなくなっている高齢者が多いです。そこで鎮静薬は不要となりますが、退院後は再度BPSDが問題となるかも知れません。退院時は薬剤中止でお元気になっても患者・家族に退院後は薬剤再開が必要となるかも知れないことを必ず伝えることを若手医師には教育しています。 医師と薬剤師、クリニックと病院は互いに敵であってはならず、ポリファーマシーに対する同志であることが共通認識になればよいといつも思っています。 Q:持参薬鑑別の段階で減薬介入されておりますか? A:はい。当院総合診療科には急性疾患に罹患して入院する患者さんが多いです。中でも高齢者では誤嚥のリスクが問題となるため、急性期に投与する薬剤は必要最低限にしています。
また、「処方理由のない薬剤は有害無益」であることは疑いようのない事実です。ただし、処方する根拠は適切であったが、それがもはや分からないことが多いことが困ります。我々は入院患者の薬剤で処方理由が不明なものが1つでもあれば前医に必ず問い合わせをしています。
医学の世界にはDo No Harmという格言がありますが、No ”Do 処方”も我々はモットーにしています。