本書は私が机に置いたその日のうちに研修医が持ち出してしまったたが故に、しばらく内容に目を通せなかった書籍の一つである。それだけ総合診療医にとって関心の高いテーマを扱っているという証拠と言える。
本書では総合診療医として急性期病院や地域包括ケア病棟等で様々な患者のケアに携わってきた経験をもつ著者が,コモンな疾患である誤嚥性肺炎の包括的な診療アプローチを解説し,高齢者診療の深奥に迫っている.医療者なら誰もが一度は以下のような疑問や悩みを抱いたことはないだろうか.なぜ患者の食事量や形態が上がらないのか.食事を再開する度に発熱を繰り返し退院できない患者が存在するのはどうしてか.家族に,食事がとれない真実をどのように伝えるべきか.本書はそういった疑問を丁寧に解説しており,非常に充実した内容となっている.
主著者の一人の森川 暢氏は京都の洛和会丸太町病院救急総合診療科,東京城東病院総合内科・総合診療科チーフを経て,現在は市立奈良病院にて総合診療科医師として地域医療臨床や研究,教育活動に従事している.本書は,いく人かの優れた臨床医らとの共著である.
本書は総論と各論5章(A~E)で構成されている.総論では誤嚥性肺炎のABCDEアプローチ,嚥下の5期モデル,家庭医療,高齢者総合評価といった考え方の土台を提示している.各論A章では誤嚥性肺炎に対する感染症学的アプローチ,すなわち微生物学や抗菌薬の知識を網羅する.また心不全やCOPDといった有病率の高い疾患との合併例についても言及している.B章では嚥下時の姿勢や食事介助といった理学的・看護学的知識や嚥下評価方法を解説している.C章は口腔ケアと歯科医科連携の重要性について詳細に述べられている.D章では薬剤,認知機能とせん妄,神経疾患という,いずれも嚥下機能を低下させうる原因について紹介している.E章では高齢者医療の倫理的側面について誤嚥性肺炎を例に解説し,高齢社会における医療従事者が備えるべき価値観と患者理解の技法を取り上げている.
本書の最大の貢献は,誤嚥性肺炎の複雑性を強調している点にある.我々はともすれば「たかが誤嚥」と侮り,ルーチンワークで抗菌薬とリハビリをオーダーしてしまう.しかし「あらゆる領域の知識と経験を総動員しなければ診療できない」と著者は明言している.複雑性の高い診療の場において最も重要なことは,詳細な観察と評価であろう.本書一節を引用しよう.『日常診療において,あなたは患者の食事する姿を1分でも見たことがあるでしょうか(p.87)』患者の食事介助や口腔ケア,痰の吸引を実践することで,ケアを実践してきたつもりでいたため,私には目から鱗であった.食事自体が複雑かつプライベートな過程である.食事をみる行為は,適切な視点と信頼関係がなければ成立しない.ここに診療の妙味と解決の緒とが隠されているのではないか.
本書は苦手意識を克服する,とうたっているだけあって,専門的でありながら平易で読みやすかった.また,全国の日常診療を変えていきたいという筆者らの思いが強く伝わってくる.読み終えた後は,きっと誤嚥性肺炎に対する認識が変わっているはずだ.
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