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ホワイトな巨塔

  • 執筆者の写真: Y
    Y
  • 2 日前
  • 読了時間: 1分

2006年頃に初めて丸太町病院に総合診療科が立ち上がった当初は、わずか2名体制だったと聞いています。

私が2008年に初めて丸太町病院に赴任する際には、音羽病院の研修医に呼びかけ、4名体制に増やしてスタートしました。症例が非常に豊富で、教育的にも優れた環境だったため、人員を少しずつ増やしていきました。

2012年に私が総合診療科を率いるようになってからの医師数の推移を振り返ると、本当に増えました。他病院からのローテーションも含めると、最大で26名体制となった時期もあります。

Y先生に人材管理アプリを開発してもらったことで、働き方改革も一気に進みました。男性医師の育休も当たり前に取れるようになり、今や“ホワイトな巨塔”と呼べるくらいの職場環境です。

かつての“白い巨塔”が象徴していたような、年功序列や無言の長時間労働とは無縁の世界に(ようやく)辿りついたように感じます。昔は少数精鋭で、正直けっこうブラックでした……が、あの頃の踏ん張りが、今の“ホワイト”な環境をつくってくれたのだと思っています。



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