口腔アレルギー症候群と花粉・食物アレルギー症候群
口腔アレルギー症候群は食物アレルギーの特殊型(special forms)に分類され、「食物を摂取をした際、主に口腔・咽頭粘膜に限局したIgE抗体を介する即時型アレルギー症状を来すもの」を指す。主に口腔内の掻痒感や咽頭のイガイガ感を生じ、アナフィラキシーショックにまで進展する場合がある。
一般的に食物アレルギーは感作と誘発の原因となる物質が同じというイメージを持つ方も多いのではないかと思うが(クラス1食物アレルギー)、口腔アレルギー症候群の中に、感作と誘発の原因となる物質が異なる場合(クラス2食物アレルギー)がある。気道粘膜において花粉を感作抗原とし、口腔・咽頭粘膜において特定の食物を誘発抗原とするものを花粉・食物アレルギー症候群と呼ぶ。以下にカバノキ科花粉(シラカンバ、ハンノキ、オオバヤシャブシ)を例として交差抗原性をもつ食物を示す。
また皮膚や粘膜においてラテックスを感作抗原とし、口腔および消化管において特定の食物を誘発抗原とするものをラテックス・フルーツ症候群と呼び、後ほど解説する。
アレルギーコンポーネントについて
血液検査で抗原特異的IgEを測定する際には粗抽出抗原が用いられる。粗抽出抗原にはには複数のタンパク質が含まれており、アレルギーとの関連が低いタンパク質も含まれていることから検査の特異性に問題が生じる。交差反応を誘発する単一のタンパク質はアレルゲンコンポーネントと呼ばれており、口腔アレルギー症候群に関連するものとしては大豆のGly m 4とラテックスのHev b 6. 02という2つのアレルゲンコンポーネントに対する検査が保険収載されている。
バラ科の代表的な果物であるリンゴとモモのアレルゲンコンポーネントを以下に示す。
蛋白質スーパーファミリーとは複数のタンパク質の類似性を調べて分類したものであり、モモを例にとるとシラカンバ花粉のアレルゲンBet v1の相同体(Bet v1 homolog)がPrup p 1であり、花粉・食物アレルギー症候群として口腔・咽頭症状を引き起こす。冒頭の症例は花粉症を示唆する病歴とモモを摂取した直後の口腔を中心とした症状があり、花粉・食物アレルギー症候群を考えるべき症例である。
視点を変えて果物アレルギーとしてモモをみると前述の花粉・食物アレルギー症候群の他にモモの経口摂取によってアレルゲンに感作される経路が存在し、果皮に存在するLipid-transfer protein(LTP)と呼ばれる細胞外分泌蛋白質が原因となる(表2)。口腔アレルギー症候群の患者と比較して、全身症状や接触性蕁麻疹を起こしたモモアレルギーのスペイン人ではrPru p 3に対するIgE陽性率が高く、Pru p 3は全身症状を生じるモモアレルギー患者の代表的なアレルゲンと考えられている。スペインでは産毛の無いモモを果皮を剥かずに食べる習慣があることが関係しているのではないかと言われている。
一方、日本人 は果皮を剥いてモモを食するためか全身症状を呈するモモアレルギー患者ではLTPよりも果皮・果肉の両方に含まれているPru p 7 (Peamaclein)がアレルゲンとして報告されている。臨床的には顔面浮腫、とりわけ眼瞼浮腫がPru p 7の感作と関連している所見であり(なお、口唇浮腫は関連していない)、他に喉頭絞扼感、結膜充血、蕁麻疹もその感作と関連している。
豆乳アレルギーとスパイスアレルギー
花粉と食物の組み合わせの中でも重篤な症状を引き起こすものとしてカバノキ科花粉を感作抗原とした場合の豆乳アレルギーがあり(図1)、筆者も大量輸液と複数回のアドレナリン筋肉注射でも血圧が維持できずにアドレナリン静注を要した症例に肝を冷やしたことがある。豆乳アレルギーの患者は同じ大豆食品でも味噌や醤油などの発酵食品の摂取は可能なことが多く、これは発酵により低アレルゲン化が進んでいるためと考えられている。味噌の大豆アレルゲンを調べた実験ではカバノキ科花粉との交差反応に関係する大豆アレルゲンコンポーネントのGly m 4が低アレルゲン化していた(特に熟成期間の長い豆味噌)とする報告がある。豆乳アレルギーと気が付かれにくく注意が必要な食物としては大豆もやし(韓国料理のナムルによく使われる)、枝豆、きなこがある。
. J Allergy Clin Immunol. 110(5):797-804, 2002. PMID: 12417891
また主にヨモギ花粉に感作されている患者のセリ科スパイスアレルギー(カレーに欠かせないクミン、コリアンダーなどが含まれる)は日本では症例報告が散見される程度であるが、近年のスパイスカレーブームやコロナ窩において自宅で料理をする機会が増えていることから注意を払う必要があると思われる。国民食といえるカレーを食べた後のアレルギー症状を呈した患者でスパイスアレルギーを想起することが多いが、カレーにはナッツ類などアレルギーを起こしやすい食品が様々含まれている場合も多く、必要があれば製造元の食品会社や店舗に直接問い合わせを行い、情報提供を求めることが重要である。
カレー以外にも食の多様化によってスパイスやハーブが使われる料理に接する機会は多い。日本におけるスパイスアレルギーに関してはまとまった報告がなくその実態は不明だが、原因の1つとして頭の片隅に置いておくと良いだろう。
セリ科のスパイス、ハーブを用いた料理
ラテックス・フルーツ症候群
アマゾン川流域を原産とするパラゴムノキHevea brasiliensisの樹液が天然ゴムの主原料であり、その中に含まれるラテックスに感作された患者が交叉抗原性のある食物を食べた際にアレルギー症状を引き起こすことをラテックス・フルーツ症候群という。ラテックスアレルギーは医療従事者や清掃業といった職業に従事している場合や、医療処置を繰り返している二分脊椎・髄膜瘤の患者において生じやすく、またアトピー性皮膚炎の患者も皮膚の破綻からラテックスに感作されやすい。医療関連としてはラテックス含有手袋によるものが有名だが、日用品の中にもラテックス含有製品は潜んでいる。小児科の看護助手がラテックスコンドームによってアナフィラキシーを生じた症例報告があり、精液アレルギーと共に性行為に関連するアレルギーとして注意が必要である。
ラテックス・フルーツ症候群ではアボカド、バナナ、キウイ、クリとの関連性が高く、日本の看護師において天津甘栗や栗きんとん、栗含有ケーキ摂取後にアナフィラキシーを生じた報告がなされている。
診断
口腔アレルギー症候群はIgEを介した即時型アレルギーであることから、症状出現前の摂食歴が極めて重要であり、過去にも同じ食物で同様の症状が誘発されていないかを念入りに聴取する。また花粉症が感作の原因となっている場合が多いため、これまでの花粉症の診断の有無や花粉症の症状が出現する時期、居住歴を確認する。ラテックス・フルーツ症候群では職歴や既往歴、また趣味等を通じて天然ゴムへの曝露しやすい状況がないかを確認する。
検査には特異的IgE検査、プリックテスト(特にprick to prickテスト)および経口負荷試験がある。注意すべきは血液検査で特異的IgEが存在することやプリックテストが陽性になることは感作の証拠にはなるが、交叉抗原性をもつとされる食物を摂取した際に必ずしも症状が 誘発されるとは限らないということである。また経口負荷試験は診断のゴールドスタンダードであるが、アナフィラキシーを引き起こす場合があるため体制によって難しい場合には無理せずに専門外来へ紹介を行う。なお経口負荷試験の前には抗アレルギー作用のある薬剤を中止する必要があり、以下の表を目安に中止を行う。
治療・予防・予後
原因となる食品を避けるのが最も重要である。そのため原因食物を確実に同定しないと食生活に大きく影響が生じる。冒頭の症例のように生のトマトは食べられないがケチャップは食べられる、といったように患者自身が経験から気が付いていることがあるため発酵食品や加工食品、とりわけ果物であればジャムやコンポート、缶詰についてその可否を検討する。
一般的に口腔アレルギー症候群では食物の加熱によってその抗原性が低下することが多いが、これまで述べてきたようにアレルゲンが加熱処理に対して抵抗性の場合もある。例えば様々な大豆製品を遠心分離した実験では生に近い高濃度タンパク質を含む豆乳にGlym4(クラス2抗原)が最も多く、また加熱処理を経た豆腐でもその柔らかさによっては高レベルのGlym4が存在していた(柔らか豆腐で多く、木綿豆腐で比較的少ない)。豆乳アレルギーの患者ではアレルギーを生じた際に重篤な症状を引き起こしやすいことから厳格な食事指導が必要である。
患者のパートナーが誘発抗原を含む食物を摂取した直後に患者と情熱的なキスを交わしたことで口腔アレルギー症状を誘発したという症例報告もあり、重篤な症状を呈したことがある患者においては念のためパートナーへの指導も考慮して良いだろう。
アナフィラキシーを呈して受診した場合には気道確保や循環管理を速やかに行い、迷うことなくアドレナリン0.3 mg筋肉注射を行う。アナフィラキシーの既往歴がある患者にはアドレナリン自己注射薬(エピペン®)を処方し、常に携帯するように指導をする。
重要ポイントのまとめ
●花粉を感作抗原とし、口腔・咽頭粘膜において特定の食物を誘発抗原とするものを花粉・食物アレルギー症候群と呼ぶ。
●花粉・食物アレルギー症候群のなかでも豆乳アレルギーは重篤な症状を引き起こしやすく注意が必要。
●医療従事者や二分脊椎・髄膜瘤の患者においてラテックスアレルギーは生じやすい。
●特異的IgEの存在やプリックテスト陽性は感作の証拠にはなるが、交叉抗原性をもつ食物を摂取した際にアレルギー症状が必ずしも誘発されるとは限らない。
●原因となる食物を避けるのが最も重要。
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