獣肉アレルギーの鑑別
以前は、肉アレルギーは非常に稀で、主にアトピー性皮膚炎の小児で牛肉アレルギーがみられる程度と認識されていた。1990年代から成人の哺乳類や鳥類の肉に対するIgE依存性アレルギーが報告されるようになった。2000年代後半に哺乳類の肉に対する遅発型アナフィラキシーという新しい概念が認識され、現在では成人の獣肉アレルギーの大多数を占めるとされる。実際に、PubMedで”meat allergy”と検索すると147論文がヒットするが、約9割が10年以内に発表されたものである。
獣肉に対するIgE依存性アレルギーの代表的な3つの疾患群を示す(表1)。それぞれの疾患群の鑑別の際には、症状出現までの時間、感作経路、発症年齢、抗原といった特徴が手がかりとなる。
表1:IgE依存性獣肉アレルギーの代表的な疾患群
原発性牛肉アレルギー
一般的にはアトピー性皮膚炎の小児にみられ、数年で耐性がつくことが多い。他のIgE依存性アレルギーと同様、即時型のアレルギー症状が出る。ウシ血清アルブミン(Bos d 6)が主要な抗原で、他にもウシ免疫グロブリン(Bos d 7)が同定されている。哺乳類の蛋白質は筋肉だけでなく乳にも含まれるため、牛肉アレルギー患者では牛乳アレルギーを合併することが多い。特にBos d 6に感作成立している患者では、牛乳の経口負荷試験で全員に即時型反応がみられたという報告もある。
また、稀ではあるが原発性の鶏肉アレルギーも存在し、主に青年~若年成人でみられる。抗原としてパルブアルブミンやミオシン軽鎖が同定されているが、完全にはわかっていない。後述のbird-egg症候群と異なり、卵にアレルギー症状が出ることは少ない。たいてい食物摂取から30分以内に即時型反応が起こる。
交差反応による肉アレルギー
一般的に、系統学的に近い動物どうしは異種のアルブミンに対する交差反応を起こしやすい。例えば、牛肉アレルギーの場合、羊肉や豚肉には交差反応を起こしうるが、鳥類の肉では起こさない。逆に、鶏肉と七面鳥は高率に交差反応を起こすが、哺乳類の肉では交差反応は起こらない。
哺乳類や鳥類に対するアレルギーの報告が1990年代から増加しはじめ、動物のフケや羽毛に存在する抗原によって経気道的や経皮的に感作が成立し、獣肉中の抗原に対する交差反応を起こすことが明らかになった。代表例がpork-cat syndromeであり、後述のα-Gal症候群とは異なり、通常は食物摂取から1時間以内に即時型反応が起こる。成人や年長以降の小児にみられることが多い。
Pork-cat症候群
ネコ血清アルブミン(Fel d 2)によって経気道的に先行感作が成立すると、ブタ血清アルブミン(Sus s 1)に交差反応が起こり、豚肉摂取時に蕁麻疹、口腔アレルギー症候群、アナフィラキシーなどのアレルギー症状が生じる。一部の患者では、牛肉血清アルブミン(Bos d 6)にも架橋結合を起こして牛肉にもアレルギー反応を起こす。長期の暴露を経てネコアレルギーを発症するため、青年期~成人で好発する。Fel d 2への感作が確認されたネコアレルギー患者では、約3分の1で豚肉摂取時にアレルギー症状が起こるとも報告されているが、ネコアレルギー患者の大半はFel d 1に感作されているため、ネコアレルギー患者全体のうちではpork-cat syndromeの患者は1-3%程度とされる。(歴史的にpork-cat症候群と呼ばれるが、先に感作するのはネコであるためcat-pork症候群と呼ぶ方が適当である。)
Bird-egg症候群
鳥類の羽や糞に反復的に暴露して鳥の吸入抗原(主にニワトリ血清アルブミン(Gal d 5))に感作されると、血清以外に卵黄や肉にもGal d 5が高濃度に存在するため、鶏肉や卵黄の経口摂取でアレルギー反応を起こすようになる。ペットの鳥類(ほとんどはセキセイインコ、頻度は少ないが他にカナリアやオウム)が原因の報告が多い。血清アルブミンは熱に不安定であるため、生肉の接触時や、加熱不十分な卵黄の摂取時のみに症状が起こる場合もある。
感作が成立してから発症するため主に成人でみられ、小児では稀である(小児の卵黄アレルギー患者では、鶏肉や卵白、羽毛もアレルギー試験で陽性となるが、卵黄に対する消化管からの感作が原因であり、Bird-egg症候群とは異なる病態である)。
Fish-chicken症候群
上述の症候群とは異なり経消化管感作であるが、魚肉と鶏肉の交差反応も報告されている。魚類と哺乳類で配列相同性の比較的高い低分子量蛋白(ミオシン軽鎖(Gal d 7)やパルブアルブミン(Gal d 8)、エノラーゼ(Gal d 9)、アルドラーゼ(Gal d 10)など)が交差反応に関与すると考えられている。3)
その他
・他にも “dog-horse”(イヌに経気道的に感作された患者が馬肉の摂取でアナフィラキシーを発症し、イヌ血清アルブミン(Can f 3)とウマ血清アルブミン(Equ c 3)に交差反応を認めた)や“horse meat-horse dander”(ウマに経気道的に感作された患者が馬肉の摂取でアナフィラキシーを発症し、馬肉とフケとの交差反応を認めた)などの症例報告がある。
α-Gal症候群
糖鎖であるα-Gal(galactose-α-1,3-galactose)に先行感作が成立すると、哺乳類の肉の摂取で、遅発性に蕁麻疹、腹痛、アナフィラキシーなどを生じる。α-Gal症候群の臨床的特徴は、IgE依存性アレルギーにもかかわらず、一般的な食物アレルギーよりも遅れて3~6時間後に遅発型アナフィラキシーを起こすことである。(ただし、後述のセツキシマブによる交差反応は経静脈投与のため、1時間以内に即時型反応を起こす)。遅発性にアレルギー症状を起こす理由は免疫学的機序が想定されているが、完全には解明されていない。
牛肉でアレルギー症状が起こりやすいが、哺乳類の肉(red meat)であるブタ、子羊、ウサギ、ウマ、ヤギ、シカ、クジラなどにもα-Galが含まれており、アレルギー症状を起こしうる。一方で、鶏肉は原因とならない。α-Galは筋肉以外の血球や実質組織にも含まれるため、肉、内蔵、乳、ゼラチン、血液製剤など様々な物質が暴露の原因となる。抗がん剤のセツキシマブ(ヒト/マウスキメラ型モノクローナル抗体)にはマウス由来のFab領域にα-Gal糖鎖が存在するため、α-Gal症候群の患者では交差反応でアナフィラキシーを起こすことが知られている。また、α-Gal症候群患者はカレイ魚卵にもアレルギーを生じる(カレイ魚肉では生じない)ことが多いが、カレイ魚卵自体にはα-Galは存在せず、別の糖鎖による交差反応と考えられている。
また、α-Galの抗原決定基は非霊長哺乳類の血液型物質(B型様物質)であり、ヒトのB型抗原と構造が似ている。そのため、B陽性血液型(B型、AB型)の体内ではα-Galに対する抗体が作られにくい。実際に、α-Gal症候群の患者の大多数はB陰性血液型(A型かO型)と報告されている。
意外なことに、α-Galへの感作の原因はマダニ咬傷による経皮的感作と考えられている。マダニの唾液中にα-Galが存在し、繰り返しマダニに刺されるうちに感作され、肉アレルギーを起こすようになるとされ、主に成人で発症する。日本では、日本紅斑熱を媒介するフタトゲチマダニの生息地である島根県をはじめとした中国地方や九州地方の山間部での報告が多い。
α-Gal発見の経緯は非常に興味深い。2007年、抗がん剤のセツキシマブ(ヒト/マウスキメラ型モノクローナル抗体)初回投与時のアナフィラキシーが、アメリカ南東部で多発した。セツキシマブにアレルギー反応を起こした患者では、投与前からすでにα-Galに対するIgE抗体が存在することがわかり、アナフィラキシーの原因はα-Galと判明した。一方、2009年、牛肉に対する遅発型アレルギーの原因もα-Galに対する特異的IgEと報告された。セツキシマブに対するIgE抗体の保有率の高い地域と牛肉アレルギーの多発地域が重複しており、その分布がロッキー山紅斑熱の流行地域と一致すること、牛肉アレルギー患者の多くにマダニ咬傷の経験があったことから、マダニ咬傷の関連が推察された。後に、マダニ咬傷が原因でα-Galに対するIgEが産生されることがわかり、肉に対する遅発型アレルギーはα-Gal症候群と呼ばれるようになった。
診断
Pork-cat症候群やα-Gal症候群は成人発症するため、これらについての知識がなければ、いままで何年間も摂取して症状が出ていない食物をアレルゲンとして想起することは難しい。また、花粉症などで抗アレルギー薬を使用している場合など、症状が修飾されうることも考慮する。
獣肉がアレルゲンとして疑われる場合は、表1の3つの疾患群を念頭において、発症年齢や症状出現までの時間、ペット飼育歴といった病歴を確認する。診断にはアレルゲンコンポーネント検査が有用だが、現在のところ獣肉アレルギーに関係するBos d 6やFel d 2、Sus s 1、α-Galなどは保険適応外である。
原発性肉アレルギー
即時型アレルギーを起こし、若年のアトピー性皮膚炎患者に多く、成人で発症することは稀であることから、典型歴の鑑別は比較的容易である。
Pork-cat症候群
口腔アレルギー症候群と同様に感作経路と症状を起こす暴露経路が異なり、なおかつ経口摂取によりアレルギー症状を起こす獣肉と、感作の原因となる動物の種類が異なるため、診断されにくい。抗原のアルブミンは熱に不安定であるが、肉は非加熱で経口摂取することが少ないため、摂取しても必ずしもアレルギー症状が起こらないことも診断を難しくする。一方で、生肉の接触で皮膚の局所アレルギー反応がみられる場合は、診断の手がかりとなる。豚肉への即時型アレルギーが疑われる場合は、発症年齢やペットの飼育歴などに注目して病歴を確認する。
また、Bird-egg症候群の患者はアレルギー試験で羽毛、卵黄、鶏肉が同時に陽性となり、典型的には羽毛が最もIgE高値で、卵黄、鶏肉の順となる。卵白には反応しないことが多い。Bird-egg症候群では、鶏肉がアレルギー検査で陽性となっても、加熱した鶏肉を摂取した際の症状は起こらないか軽い場合がほとんどである。
α-Gal症候群
遅発性にアレルギー症状を起こすことから深夜に発症することが多く、そもそも食物アレルギーを疑われにくいため、α-Gal症候群の診断は難しい。また、摂取した量や、運動・アルコール摂取といった補助因子の影響で、症状出現までの時間が変化したり、臨床症状が変わったりするため、毎回同じような症状が出現しないことが多い。肉抽出物に対するプリックテストも陰性や弱陽性となることが多く、食物アレルギーではないという診断を受けている場合も多い。過去にマダニ咬傷歴があれば疑いやすいが、痛みを伴わないため自覚していない場合も多い。出身地や野山へ入る機会の有無、イヌなどのペット飼育歴といったマダニへの暴露リスクを詳細に問診して評価する。
何らかのアレルギー症状で受診した患者に、①成人発症、②症状出現までの3時間以内に明らかな誘因(食物や薬剤暴露、動物・虫刺傷など)がない、または22時以降の深夜や就寝中の発症、といった特徴があればα-Gal症候群を疑うきっかけとなる。また、新たなマダニ咬傷を受けて、経時的・段階的に症状が悪化しうることもポイントである。感度の高いα-Gal特異的IgE検査は保険適用ではないため、典型的な病歴と牛肉や豚肉の血中特異的IgEが陽性(鶏肉は陰性)となることから総合的に判断する。
また、腹部症状のみを起こす患者では、IBSなどと診断されていることがあり、長引く消化管症状の患者に対して抗アレルギー薬で診断的治療ができる場合もある。
治療・予防・予後
原発性牛肉アレルギー
摂取を控えるか、十分に冷凍・加熱処理をして摂取するようにする。たいていの患者では免疫寛容により数年ほどで症状が起こらなくなる。
Pork-cat症候群
豚肉は十分に冷凍・加熱処理をして摂取すれば、アレルギー症状の頻度や重症度は下がる。一方、生肉や燻製加工品ではアレルギー症状を起こしやすいため、不十分な加熱やベーコンなどの豚肉加工品に注意するよう指導する。ネコとの接触を避けることで、ネコ血清アルブミンIgEが低下すると、豚肉摂取ができるようになる可能性がある。
α-Gal症候群
遅発性に症状が起こること、獣肉以外の食物や医薬品(セツキシマブ、一部のワクチン、ヘパリン、グリセリン、生体弁など)にもα-Galが含まれることを指導する。補助因子とされるアルコール摂取や運動についても説明する。
まずは、哺乳類の肉を避けることが優先される(ホルモンや豚脂なども、より重い症状が生じうるため、同様に避ける)。それでも症状が続く場合は、動物性脂肪やゼラチンを含む食物(グミ、マシュマロなど)なども回避して経過をみる。乳製品は8-9割の患者で反応が起こらないため、肉の回避のみでアレルギー症状が消失すれば回避する必要はない。
数年前に本邦で話題となった石鹸による経皮感作が原因の小麦アレルギーの例と同様、α-Gal症候群も感作原因を断つことで治癒しうるとされている。一方、さらなるマダニ咬傷で症状が悪化する場合がある。そのため、診断後はマダニ咬傷を回避するよう指導することも非常に重要である。具体的には、なるべくマダニの生息する野山に入らないこと、長袖・長ズボン・手袋の着用など肌を露出しないこと、マダニが付着している上着を玄関の外で脱ぐかガムテープで取り除くこと、帰宅後の入浴、忌避剤の使用、などである。実際に、獣肉摂取やマダニ暴露を避けることで、数年間かけて特異的IgEが減少・消失し、治癒した報告が多数ある。
重要ポイントのまとめ
・成人で発症する獣肉アレルギー(α-Gal症候群やpork-cat症候群)がある
・α-Gal症候群による獣肉アレルギーでは、経口摂取から3~6時間後に遅発型アナフィラキシーを起こす
・獣肉アレルギーは経気道・経皮的感作が原因となることがあり、ペット飼育歴やマダニ咬傷歴といった問診も重要である
・症状を起こす獣肉や感作原因への暴露を回避することで、獣肉アレルギーの症状は軽快しうる
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