この時期にサーモグラフィーというとCOVIDの発熱チェックと思われるかもしれませんが、全く違う医学的利用法についてです。
スマホに取り付ける簡単なサーモグラフィーとして今回購入したのはSEEK Compact Proです。FLIR Oneが対抗馬として悩みました。
これらのどちらが良いという事はないのですが、SEEKのほうがJPEGで画素数多く、使い勝手がよさそうなので、こちらを購入しました。FLIRのほうがアプリで後からいろいろいじれるようで、文献数をみるとFLIRのほうが使われているようです。そして少し安い。
またFLIRは通常のカメラの画像とFusionさせて境界を際立てることができるがウリではあります。ただし、電池がスマホから供給されないので機械が大きく、いざというときに電池切れということがあり得ます。今回は、画像処理といざというときの使い勝手からSEEKを選びました。
BMC Bioinformatics . 2020 Mar 11;21(Suppl 2):88. PMID: 32164529
関節炎
関節炎を検出することができます。
例えば関節リウマチの超音波のGrayスケールやPDスケールに相関あり、エコー所見ある場合は温度差がそれぞれ0.86(0.47-1.26)℃、1.16(0.67-1.64)℃違います(Clin Radiol . 2020 Dec;75(12):963.e17-963.e22. PMID: 32938539)。
しかし、10-20例ほどに試したところ、申し訳ないですが、触診のほうが情報が圧倒的に多いです。ということで普段の診療において関節炎の評価につかうには有用性は乏しい。
ただし、高熱で体温が高いのか、膝が熱いのか分からない場合は有用と思われます。また、診察で評価しがたい股関節、肩関節の熱感の評価には優れる(肩関節の化膿性関節炎で両肩とも熱いと思ったが、SEEKでは左右差が明確で炎症性関節炎であることが分かった実例あり)。なお、肩関節周囲炎では(Clin Rheumatol . 1992 Sep;11(3):382-4. PMID: 1458786、Br J Rheumatol . 1992 Aug;31(8):539-42. PMID: 1643452)温度がむしろ低くなる傾向にあるので、鑑別が可能と思われます。身体診察の信頼性がさがる認知症や精神患者においても役立つかもしれません。
人工関節術後の感染合併症評価にも期待出来ます。膝関節では左右差は術後3-7日目に最大で3.4-4.4℃まで。90日後に正常化します。股関節では左右差は術後3日目に最大で3.1-3.9℃まで。90日後に正常化します(Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc . 2016 Aug;24(8):2686-91.)。ということで、温度差をチェックして予想される経過と異なれば術後感染を早期に判別できる可能性があります。一般的には3日後に左右差最大となり、3か月までは熱感残存してもよい、ということを覚えておくとよいでしょう。
なお、健側の膝関節は大腿部よりも温度が低いことが特徴です。つまり、大腿部と温度が同じならばそれは関節に熱感があると判断すべきです。これは診察の上でも大切な事実です。
神経障害
腰椎のRadiculopathyの診断に有用というメタ解析がありますが(Spine (Phila Pa 1976) . 1991 Jun;16(6):623-8. PMID: 1830690)、ほかの所見に勝るとは思えません。しかし、自律神経障害が特徴的であるcomplex regional pain syndromeでは、サーモグラフィーが客観的評価に有用です。実は今回購入したのは、CRPSの症例のためでした。左腕が暖かいのは診察でもわかりましたが、客観的証拠が残したかったので役立ちました。
CRPSに対するサーモグラフィーは冷却刺激に対する反応でステージ分類できるようです。
Neurologia . 2020 Dec 17;S0213-4853(20)30337-6. PMID: 33342641
特発性後天性全身性無汗症(AIGA)
ガイドラインでは発汗試験と組み合わせて行うと、無汗領域と一致して温度上昇が確認できると記載されています(J Dermatol . 2017 Apr;44(4):394-400. PMID: 27774633)。
高体温領域が全身の25%以上の範囲に無汗/減汗(発汗低下)がみられれば難病指定基準を満たします。当院ではミノール法で診断していましたがサーモグラフィーだけであれば準備、後片付けなどが格段に楽になります。1か月前に購入すればこれも試せたのですが、AIGAに実践するのは次の機会にします。
Allergology International, 2017, 66 巻, 3 号, p. 495-496
PAD
普通にサーモグラフィーをみるだけでも良いですが、それでは触診とあまり変わりません。おすすめは運動前後に評価することです。運動後に足背動脈が触れなくなることはPAD患者でよくありますが、サーモグラフィーでも運動で虚血が誘発されているのがよくわかります。脊柱管狭窄症とPADがオーバーラップしている場合に、どちらが実際に臨床所見を呈しているかの判断に使えます。また、リハビリの運動強度の設定にも応用できるかもしれません(未発表)。
J Vasc Surg . 2011 Oct;54(4):1074-80.
熱傷
生理食塩水で洗浄して120秒後に温度が戻っていなかったら、血流が悪く皮膚移植が必要となります。これはちょうど患者さんいたのですが、試し損なった。これも次の機会に試してみます。
J Am Coll Surg . 2018 Apr;226(4):687-693.
その他
褥瘡
熱傷と同じように考えたら期待してしまいますが、褥瘡の予後予測にはいまいちのようです(J Wound Ostomy Continence Nurs . Mar/Apr 2020;47(2):128-136. )。
ショック
末梢循環不全の評価にも使えます。膝のMottlingに変わってサーモグラフィーでの評価は客観性に優れることから注目している研究者がいます(PLoS One . 2018 Aug 16;13(8):e0202329. PMID: 30114284)。簡便性という点では診察に軍配があがりますが。
温熱性紅斑(ひだこ)と(Mottlingあるいは血管炎によるLivedo)との鑑別にも使えるでしょう(未発表データ)。
他にも蜂窩織炎、壊死性筋膜炎、静脈不全、DVT、褐色脂肪組織の分布把握、乳癌判断、メラノーマなどにサーモグラフィーを用いた報告がありますが、有用性は限定的と思います。
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